後ろの正面 誰ぁれ♪
 


油断したわけじゃあなかったが、それでも
因果でもあり武器でもある“異能”関わりの案件、
ある程度 無警戒じゃあなかったはずだから、
とんだことになってしまったのは はっきり言って失点もいいところ。
不始末への対処という段ではあれ、慣れはある身なのがせめてもの救い、
まあ任せとけと先達が自ら動いてくれることとなり、自分は待機と相成って。
とりあえず、先達に指示された彼のセーフハウスにて報せを待つ運びとなった。

 「……。」

異能はその身に宿るものだからか、
衣紋はピクリともしないので “羅生門”は封じられており、
その代わりのように重力操作がやや使える。
まだまだ不慣れなので 動かしたいものを握り込んだり注視してやっとではあるが、
何と言っても体力のある人なので、疲れはさほど感じない。
時々もやんとするのは現状への焦燥か、それともタバコを吸いたくなるからだろか。
案内されて招かれたフラットは、あまり使ってはないところだそうで、
それでも居心地のいいようにだろう、
1LDKのフラットには、
寝台やソファー、クロゼットにサイドボードなどなど、
シックな意匠の調度や家具が調和よく置かれている。

 「……。」

今日は幸いにも非番だったそうなので、
中原幹部が誰とも会わなくとも不自然ではなく。
それでと、このような段取りをなさったうえで、
人虎に会いに行くのを後に回してくださって対処にと奔走していただいている。
心当たりがあるとのこと、若しやせずとも太宰さんに何とか接触なさるおつもりなのだろう。
だが、性急に事を運ばれると…と今になって案じてもいる。
彼の人とこうまで離れた状態で居て、太宰さんの異能は効くものか、
効いたとしてどうなるのか、意識だけ宙を掛けるのか?
それとも意識はそのままに姿が入れ替わるという格好になるのだろうか?
いつぞやの事態同様、身体が “容れもの”という格好での入れ替わりなら、
意識が宙を飛ぶという奇跡が起きねばならずで、
今どこにおわすのか判らぬほども離れた状態で 果たして無事に元に戻れるものなのか。

  ………と

いっそのこと、そりゃあ壮絶な殺戮の応酬などという物騒極まりない叩き合いを
息つく間もなく強いられる修羅場の方が、
自分としては何も考えないでいい分 場慣れもあって楽かもしれぬと思うほど、
まったくもって得手ではない種の、何の様相も見えぬ “待機”という忍耐を強いられて。
表面的には双眸伏せての瞑想モード、そりゃあ落ち着き払った様子ながら、
内心では じりじりじりと思い切り苛立っていた誰か様だったところ、

  かりかりカチャカチャカチャカチャ……、と

金属の仕掛けを執拗に引っ掻くような、何とも不審で物騒で危険な物音がして。
微妙な物思いに気を取られ、上の空も良いところな状態であったため
すっかりと注意や反射が鈍っていたものか、
それが何の音なのかという把握に随分と出遅れた。
日頃の、常在戦場的心構えを常に基本として如いている彼ならば、
不穏な気配として素早く感知し、鋭敏な判断に伴う行動に移っていただろうに。
ましてや、嬉しいものではないながら心当たりも重々あってのこと、
彼なりに的確な対処というものも取れたろに、

 「  ……?」

何か妙な物音がするなと、ぼんやり気づいた時点で既に大きく出遅れており。
それが玄関の方からの音であること、どう考えても不穏な物音であること。
正体へと思いが及び、一般人なら身の危険を感じて恐々と浮足立つだろうところは
さすがにマフィアの遊撃隊長様で 何が飛び出そうと対峙してやらんとの心意気あってのこと、
なんだなんだ怪訝なことだのというレベルで収まったものの、
そんなレベルで落ち着きかかった胸中を足元から薙ぎ倒したのが、
別方向からの “心当たり”の発現で。

 「…っ☆」

もしかして玄関ドアの鍵へのちょっかい掛けだと、音の正体を察したその時点で、
だとしたらば…マフィア幹部の持ち家へのアタックとはなんてまあ怖いもの知らずなとか、
此処ってカードキーでの認証式ではなかったかとか、
普通一般の人間が思うような不審や怪訝をかっ飛ばし。
自分だからこそという限定だろう、大いなる驚愕と焦燥が背条を勢いよく這い上っての襲い来る。
心当たりが大有りで、だとして鉢合わせは不味くないかとソファーから立ち上がったものの、
だが、ではどうすればいいかを思いつけない。
切迫しているのに頭の中が真っ白で、ああだからポンコツと言われるのだなと歯噛みする。
此処は何をおいても逃げるべきか? だっていつもの自分じゃあない。
他でもない彼と自分が鉢合わせないようにとこんな行動配分にしたのに、
こんな形で顔を合わせてしまって、その先どうなるかの予測がまったく立たぬ。
そもそも何でまた此処へやって来た彼の人なのだろうか。
約束があったとは聞いてないし、
それなら先達だとてそこへ乗じるような手を打つはずで。
太宰から脳筋と揶揄されちゃあいてもそこは経験値の違う幹部殿、
こうまで噛み合わない段取りになるなんて有り得ない。

  “…何か嫌がらせでも思いつかれたのだろうか。”

それでなら、チャイムも鳴らさずというこの怪しい侵入方法も合点はいく…と得心がいってから、
あああ、そんな方向での推測なんて当たったところで何の役にも立たないと、
自分で自分へツッコミを入れつつ、文字通り頭を抱えておれば。
ポートマフィアの五大幹部が身を隠すための隠れ家に選んだ物件の
最新式カードスキャン型ロックを、
ものの数分も掛からずに、針金で解錠したらしい結果としてガチャンとドアの開く音。

 「……っ。」

羅生門は使えぬが重力操作は微妙に使える。
生命維持に窮した危機感から、思いがけない力が発揮されて、
急なこととて体を浮かせるくらいは出来るやもしれない。
体力をあてにしてベランダの手すりを次々伝っての逃亡もありかも知れぬ。
雑ながらそんなこんなと逃亡計画を立ち上げて、
窓から飛び出して逃げ出そうかと腰を浮かせ掛かったものの。
その前に立ちはだかったのは狙撃除けの特殊ガラス装備という大窓で、
しかもその傍らには、骨董品に造詣の深い自分には珠玉の逸品と判る
一点ものだろうアンティークなランプやスタンドがさりげなく佇んでおり。

 “何でここにドーム兄弟のランプが…。”

アールヌーボーの巨匠の作品を日常使いにせんでほしいと、
高額になろう弁償額云々よりも、
かけがえのない、同じものは二つとないという価値に想いが至って身動きが凍る。
あああ、こういうところも叱られたなぁ。
たかだか器物、何となりゃあっさり見切れ。それが合理主義だよ。
あの淑とした顔容で、あの高貴そうな佇まいで ペロッと言ってしまえる恐ろしい人でもあって。
どれほど高尚でも、人類の宝でも、人の命と天秤にかけていいものがあるのかい?
有るというならいっそのこと、その胸へ抱えて一緒に心中したまえよなんて、
何でだか随分と不機嫌そうに言われた事案が幾つかあったの ついつい思い出したのも、
この期に及んでの現実逃避みたいなものだったかも。

 「……げ。何で居るのさ、キミ。」
 「〜〜〜〜〜。」

久し振りに耳にした、いかにも不快そうな声音での罵倒句へ、
立ち上がりかけていた動作ごと、体も表情もかきんと凍る。
そういや、ここ最近は居ても立ってもいられぬような甘い睦言ばかり聞かされていた。
だから余計に免疫も薄くなってたようで、
これをこの人から浴びせられて、毎回身の竦む想いをしていた自分は、
それでも揺るがずにいられたほどには精神面で結構鍛えられていたのだなと、
またぞろ斜め上なことをつい思っておれば、

 「まずは居ないだろうと思って来たのにさ。
  せっかくの非番だろうに、敦くんに逢いに行かないの? 中也。」

自分の思い通りに行かなんだこと、不意を突かれたのが余程にご不満か、
棘々しい声音で、いかにも毒を含ませて言い放った太宰だったのへ、

 「    ………あ、え、おう。」

何とも要領を得ないよなお返事をしている
中原中也さん、かっこ 中身は芥川龍之介さん かっこ閉じるだったりする。



to be continued.(19.09.17.〜)





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 *無花果って今時分が旬だそうですね。もっと真夏かと思ってた。
  産地にもよるのかな?
  …白々しいですかね。
  「
それもまた相変わらずな 1」の人格入れ替わり話の太芥Ver.です
  中敦サイドはさすがは虎の子、というか
  表情筋のせいであっさり見抜かれてた入れ替わりでしたが、
  こちらの二人は さあどうだろか?